起源の物語

なぜ、Lá はハノイから始めたのか

ベトナム料理が、慣れ親しんだ場所を離れるとき、
多くのものが少しずつ変わっていきます。
食材は変わり、周囲の味覚も変わり、
食べる人の暮らしのリズムさえも変わっていく。

数えきれない調理法やアレンジ、新しいトレンドの中で、
何を残し、何を手放すのか。
それは、意識的な選択になります。

私たちは、速く進むことを選びませんでした。
流行に追随することもしませんでした。

出発点は、いちばん基本的なところにあります。
――料理を、正しい方法でつくること。

それは、懐かしさのためではありません。
料理が生まれた場所から遠く離れても、
その本質を失わないための、
唯一の方法だからです。

私たちが思い描くベトナム料理は、
記憶に残るために、
決して複雑である必要はありません。
一杯のフォー、一椀のブン。
正しくつくられていれば、
それだけで十分なのです。

味のバランスを感じられること。
食べる速度が自然とゆっくりになること。
そして、もう一度戻ってきたくなること。

だからこそ、メニューは
過度な変更によってつくられてはいません。
伝統のレシピは守られ、
慣れ親しんだ調理法は受け継がれ、
ベトナムの食卓が持つ素朴な精神は、
今もそこにあります。

もし調整があるとすれば、
それは異なる環境の中でも
料理が安定して存在できるためのものであり、
決して別のものに変えるためではありません。

言うなれば、Lá は「守る」ために生まれました。
遠く離れた場所でも、
慣れ親しんだ料理が、
自分自身の見知らぬ姿に
変わってしまわないように。

ハノイという、基準となる原点

数ある選択肢の中で、
私たちはハノイを出発点として選びました。

それは、ハノイがベトナム料理のすべてを代表しているからでも、
他の地域よりも完成されているからでもありません。
ベトナム料理は、多彩な表情と個性を持つ、
広がりのある一枚の絵のようなものです。

それでも、私たちにとってハノイは
一つの「基準」でした。

ハノイの料理は、節度があり、繊細です。
派手さはなく、味を過剰に押し出すこともなく、
一度で強い印象を残そうともしません。
大切にされているのは、
味のバランスと、その奥行き。

それは、急がない調理の姿勢であり、
慌てずに味わう食べ方でもあります。

この「節度」こそが、
料理に揺るぎない土台を与えます。
しっかりとした基盤の上にある料理は、
他の味覚に合わせるために
大きく変わる必要がありません。

食べる人には、
感じ取るまでに少し時間が必要かもしれません。
けれど一度馴染めば、
その感覚は長く心に残ります。

Lá がハノイを拠り所にしたのは、
地域に自らを限定するためではなく、
生み出すすべての料理に、
明確な方向性を持たせるためです。

この基準があるからこそ、
どこで立ち止まるべきか、
何をそのまま守るべきか、
そして、どこを「ちょうどよく」調整すべきかが分かるのです。

中心となる料理である
牛肉のフォーとブンボーフエも、
その精神のもとに向き合っています。

フォーの麺は毎日生で仕込み、
ほどよく柔らかく、胃に重くならない仕上がりに。
スープは牛骨から丁寧に煮出し、
澄んだ旨みと自然な甘みを大切にし、
余計な味付けは加えていません。

すべてをできるだけ原点に近い形で保つことで、
食べる人が、
外的な演出に導かれることなく、
料理そのものと向き合えるようにしています。

私たちは信じています。
正しい味は、声高に語る必要がないということを。
料理が正しくつくられていれば、
その価値は、
食べる人自身が自然と感じ取ってくれるはずです。

また、戻ってこられる場所

Lá を訪れる人たちは、
さまざまな場所からやって来ます。

故郷を離れて暮らすベトナムの人が、
異なる生活のリズムの中で、
慣れ親しんだ一食を求めて来ることもあれば、

その軽やかさや心地よさに惹かれて
ベトナム料理を愛する
日本の方や、海外からの友人たちもいます。

出身は違っていても、
彼らに共通しているものは、とても似ています。

賑やかな体験を求めているわけではなく、
強い印象を残す食事を必要としているわけでもない。
ただ、十分に静かで、
料理が安定してつくられ、
訪れるたびに
変わらない安心感を与えてくれる場所を
求めているのです。

私たちは、
その感覚を変えようとはしていません。

空間は、
食事に向き合えるだけの静けさと、
ゆっくりとした時間が保たれています。
サービスも同じ精神で。
多すぎず、足りなさもない。
必要なものだけを、丁寧に。

Lá のウェブサイトも、
同じリズムでつくられています。
言葉は多くなく、
写真も最小限に。
料理や接客と同じように、
すべては選び抜かれたものだけです。

私たちが、この調理のあり方を選び続ける理由

Lá の存在理由を語るとしたら、
それは決して大きなものではありません。

私たちがこのやり方を守り続けるのは、
ひとつの信念があるからです。

「料理が正しく保たれていれば、
多くを説明する必要はない。」

Lá は、
ベトナムの慣れ親しんだ料理が、
生まれた場所から遠く離れていても、
そのままの姿で在り続けられるように存在しています。

違いを見せるためでも、
目立つためでもありません。
食べる人が自然と気づき、
そして、
もう一度戻りたくなるために。

Lá は、大きな物語を語りません。
ただ、十分に明確な出発点を守り、
そこから、ゆっくりと歩いていくだけです。

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